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岩手県 青の国ふだい

海、空、山、星、そして人。魅力いっぱい『青の国ふだい』  その1

普代
あっという間に1週間が過ぎてしまいました。
2月25日・26日と1泊2日で次男と一緒に『青の国ふだい観光交流促進のためのモニターツアー』に参加してきました。

岩手県普代村
ただしくは岩手県下閉伊郡普代村。太平洋に面した岩手県沿岸北部に位置する、人口は2900人弱の小さな村です。海岸部は比高100mを越える断崖絶壁がほとんどで砂浜はほとんどありません。青い空と蒼い海、そして碧い山、さまざまなあおに囲まれた美しい村です。そして、311の震災でひとりも村内死者を出さなかった奇跡の村でもあります。


はやぶさ3号でいざ普代村へ

普代
東京駅7:36発のはやぶさ3号で、岩手に向かいます。
前方車両は青森新幹線はやぶさ、後方車両は秋田新幹線こまち。
盛岡で切り離しです。
足元広々、コンセントもあって、ゆったり寛げます。

東京駅で買ってきたお弁当で朝ごはん。
普代

普代

普代
10:20には二戸駅に到着し、そこからはバスで移動です。

普代
この日の岩手県の天気予報は雪。
二戸駅も雪がチラついていました。
二戸駅から普代村までバスで2時間ほど。

普代
途中、岩手県野田村にある道の駅のだで休憩。

塩が有名な野田ならではの『のだ塩ソフト』は280円。
普代
このソフトクリーム目当てに道の駅に訪れる人も多いとか。
ほんのり塩味がバニラソフトの甘さをひきたてます(^^)

普代
地ビールも販売していたので、夜、お部屋で飲むように購入(^^)
1日10個の限定販売のホタテ弁当が、とっても気になりましたよ。

道の駅のだからは30分もしないで普代村に到着しました。

三陸鉄道エモーション

普代
12時40分 普代村沢漁港に到着。
晴れです!!
雲はどっか行っちゃいました。

普代
大沢橋梁。ここは三陸鉄道一番の景勝地。海側を走る三陸鉄道、実はリアス式海岸なのでずっとトンネルの中を走ることが多く、海が見える場所は限られているのです。意外!でも、言われると納得。
単線の三陸鉄道は、ここで時間調整を行うそうです。粋なはからいですね。

普代
そして、ここはNHKの朝ドラ『あまちゃん』で夏ばっぱが東京に向かう娘の春子を大漁旗を振って見送った場所です。
私たちも夏ばっぱになったつもりで、地元の漁師さん達と一緒に思いっきり大漁旗を振りました。
列車の中から手を振る人たちの姿が見えて、ちょっと感動。

普代
普代村のゆるキャラ、すきコンブの「すっきぃ」と塩蔵コンブの「エンゾー」も一緒でした。

郷土料理のお昼ご飯

普代
列車を見送った後は漁港組合の中で昼食です。

缶入りのお茶はストーブの上の鍋で温められたものです(^^)
熱々でした。

普代
鮭と梅のおむすびと、煮しめ、豆腐田楽です。

普代
昆布だしの煮しめは、秋田生まれの私には懐かしい味。はじめて食べた人は、やさしい味に驚いていました。
あまりにおいしくておかわりしちゃいましたよ。

普代
ニンニク醤油を塗った豆腐田楽ははじめての味。豆腐は普代で作っているものだそうですが、しっかりかたいお豆腐なのに木綿とも違う食感なんです。普代には2軒お豆腐を作っているお店があり、それぞれお水が違うのかかたさに差があるのだそうです。こちらのお豆腐は2日目に訪れた普代の商店街で購入することができました。

普代水門

普代
311の震災時、ひとりも村内死者を出さずに済んだのは、この普代水門が村を守ったからです。

普代
当時の様子を消防士さんにお聞きしました。
水門は遠く離れた場所からモニターを見ながら遠隔操作できます。ところが、震災当日、スイッチが動かなくなり消防団3名と消防士2名が普代水門に行き、手動で操作して水門を閉じました。日頃の点検の大切さがよくわかるエピソードです。
水門を閉じた後、消防団のひとりが残り4人は戻ったそうですが、その後の津波は予想を超える高さで

普代
写真の線まで津波が達したそうです。ひとり残っていた消防団の人は、一番端の部屋の中で津波の音を聞きながら過ごしたそうです。一番端の部屋以外は津波にのまれたそうなので、本当に奇跡のような話です。

普代
海へ向かう川の両側は以前は林だったという話を聞くと、津波の凄まじさがわかりますね。

普代
普代村は1896年の明治三陸地震で302名、1933年の昭和三陸地震で137名の犠牲者を出しています。普代水門は1984年に完成しました。当時15メートルは高すぎると反対にあいましたが、明治の津波が15メートルだったという言い伝えがあったため、当時の和村幸得村長が「2度あることは3度あってはならない」「15メートル以上」と譲らず、15.5メートルの高さの水門となりました。
311では水門を超える波が来たわけですが、15.5メートルの水門が水の勢いを止め、村を津波の被害から救いました。

普代

当時の津波の様子は、こちらのQRコードを読み込むと見ることができます。
普代



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